知覧特攻平和会館主催で、9月13日(土)から12月26日(金)まで、「神風特攻攻撃および水葬80周年記念式典写真展」を開催します。 昭和20(1945)年4月11日、米国の戦艦ミズーリは沖縄沖での作戦中、日本海軍の特攻機の突入攻撃を受けました。 当時戦艦 ...
81年前、多くの若者が特攻作戦へと飛び立っていった鹿児島県南九州市・知覧の地で、その実話を題材にした舞台が初めて上演された。客席には劇中に登場した特攻隊員の娘が埼玉から駆けつけ、「父に会えたのかな」と涙をぬぐった。 【写真で見る】特攻 ...
太平洋戦争末期に特攻作戦の中継基地があった鹿児島県・喜界島で「特攻花」と呼ばれているテンニンギクを描き続けている画家の横山忠正さん(74)(東京都杉並区)が28日、筑前町立大刀洗平和記念館に原画を贈った。記念館は館内に常設展示する。
かお・知覧を飛び立った特攻隊員と婚約者を描く舞台の脚本・演出を担当する朝隈克博(あさくま・よしひろ)さん 鹿児島県南九州市を拠点に活動する「劇団いぶき」で40年近く脚本・演出を手がける。戦後80年の節目に、実在の特攻隊員の穴澤利夫 ...
鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館で27日、戦艦ミズーリ記念館(米ハワイ州)との姉妹館提携5周年を記念する式典があった。塗木弘幸市長とミズーリ記念館のマイク・カー保存協会長が記念品を交換し、戦後80年の節目に恒久平和に向けて共に ...
「特攻隊員の遺族を捜している米国人の友人がいる」。数年前、前任地の奈良に住む夫婦から、この話を聞いたのが始まりだった。 鈴木さんに手渡された特攻機の破片(奈良市で) 1945年5月20日に米軍の輸送艦に突入した旧日本軍の特攻機の破片 ...
戦局の悪化が著しかった太平洋戦争末期。ノーヒットノーランの快挙も果たした伝説的投手が、神風特攻隊の一員として命を落とした。プロ野球が一般的に「職業野球」と呼ばれていた80年前。名古屋(現中日ドラゴンズ)で活躍した石丸進一さんは ...
「終戦で生きる目的をなくした」。特攻隊への参加を「熱望」した元少年飛行兵、上野辰熊さん(97)=埼玉県新座市=は当時の心境を振り返る。あの戦争から80年。現在は「これだけ長く続く平和を今後も末永く保ってもらいたい」と切に願う。
知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)の語り部、桑代照明さん(68)=南九州市=らが2日、安曇野市豊科公民館で講話した。太平洋戦争末期に日本軍が航空機を使った体当たり攻撃「航空特攻」を行った背景や特攻隊員の心境を解説した。 桑代さんは ...
大櫃隊では、このように、下士官も将校も、特攻隊を志願したのではなかった。 私はその話から、疑問を感じていた。それは今まで、特攻隊は志願であるようにいわれていたことだ。戦後に私が、元中将で第六航空軍司令官であった菅原道大から聞いた話で ...
特攻隊員は、みずから「志願」して命をささげたのか。あるいは「命令」だったのか。戦後80年、特攻を語る際、常に議論となってきた。今回新たに見つかった資料「志望者名簿」をつぶさに見ていくなかから、その真実が見えてきた。※本稿は、大島隆之 ...