日米両軍が中部太平洋の制海権をかけて戦ったミッドウェー海戦から5日で80年がたった。1942年6月5日から7日(日本時間)にかけた戦いで日本は主力空母4隻とベテランのパイロット多数を失い、太平洋戦争の転換点になった。80年後のいま、中国が中部太平洋 ...
【ロサンゼルス=後藤香代】米海洋大気局は15日、太平洋戦争で日米が戦った1942年のミッドウェー海戦で沈没した旧日本軍の空母「赤城」を海底で撮影したと発表し、写真と映像を公開した。赤城の沈没場所は2019年に特定されていたが、撮影 ...
撮影された旧日本海軍の空母「赤城」。船首部分に菊の御紋が確認できる(オーシャン・エクスプロレーション・トラストのサイトから)=共同 【ロサンゼルス=共同】日米の専門家らが参加する国際的な研究チームは15日、太平洋戦争のミッドウェー海戦で ...
太平洋戦争で海軍戦闘機搭乗員として活躍した吉野治男氏は、戦後の復興に貢献し、東京電力で成田営業所長を務めた。戦争の記憶が薄れつつある中、彼は真珠湾攻撃やミッドウェー海戦に参加。戦後、彼は多くの戦友を失いながらも、戦後の日本の復興に尽力した。現在、存命の戦闘機搭乗員は数名に過ぎない。
1942年6月に行われた日米の艦隊戦「ミッドウェー海戦」。艦船数こそ日本側が圧倒していたものの、索敵の不備などから日本側が大敗しました。 「こうすれば勝てた」と言われることの多い海戦ですが、勝利の道筋はあったのか見てみます。 どうやっても ...
撮影された旧日本海軍の空母「赤城」。船首部分に菊の御紋が確認できる(オーシャン・エクスプロレーション・トラストのサイトから) 日米の専門家らが参加する国際的な研究チームは15日、太平洋戦争のミッドウェー海戦で沈没した旧日本海軍の空母 ...
オモテ側から見るのと、ウラ側から見るのでは、とても違って理解されることがよくあります。1942年のミッドウェー海戦は、そのような歴史的出来事のひとつです。 2020年には、米国映画『ミッドウェイ』が公開されました(日本を含めたいくつかの国では ...
ミッドウェー海戦といえば、さまざまな作戦が裏目に出て日本海軍が惨敗し、空母を4隻も失ってしまった戦いとして記憶する人も多いと思います。しかし4隻のうち1隻が孤軍奮闘し戦果もあげています。 かなり重要だった「飛龍」の反撃 ミッドウェー海戦 ...
株式会社 ワン・パブリッシング(東京都台東区/代表取締役社長:廣瀬有二)は、『歴史群像4月号』を発売いたしました。第1特集「徹底分析ミッドウェー海戦~「勝利病」と「決戦至上主義」がもたらした過酷な結末」、第2特集「ケーニヒスベルク攻 ...
まずミッドウェー方面部隊と同時攻略を計画したアリューシャン方面部隊を作り、さらにミッドウェー方面艦隊も空母部隊と戦艦部隊を分けた形だ。 ミッドウェー方面艦隊のうちの空母部隊は、いわゆる「南雲艦隊」であり、戦艦部隊は「主力部隊」のこと ...
グーグルマップで遊んでいたら偶然、太平洋のミッドウェー諸島に明治時代の「櫻井又五郎」の墓を見つけた。 「それ、うちの曽祖父ですよ」みたいな人が名乗り出てくる展開を期待したが、現実は甘くない。調べ始めて今月で丸3年になる。 しかし心強い ...